コモからアオスタへ。結構時間がかかった。途中、待ちが1時間入ったりしたので。
その待ちの間、さる南米の国出身のイタリア国籍を持つ、日本在住が長かったという人に出会う。日本人がたまらなく懐かしかったらしい。本人も言ってたが、最初は思い切り警戒してしまった。北部の町なのに、そこはなんだかひどく雰囲気が悪かったので(駅構内の自販機やらのガードがミラノより固くて、ガラス戸とかバキバキひび入ってるの。蹴ったのかなにかして)。
でも、身の上を聞くうちに、ちゃんとした人だということがわかる。理路整然としていて、調子のいいところがなかったから。あと、身分証とかパスポートもあったので。
なんでも、日本語が使えるおかげで、無料の寮に入れてもらえて、仕事もあって、大学への補助金も出ているんだという。日本との交流を改善するためのプロジェクトに組み込まれて、専門教育を受けられるんだそうな。
でも、本人は、じつは日本が好きなんだという。物価は高いし、外国人には冷たい土地だが、それでも世話になった人がいて、長く住んでいたからだと。
その人とは1時間話をして、そのまま別の電車に乗って別れたのだが、とても複雑な気分になった。寄る辺のない、彼にとっては外国も同然の母国で、実際は祖国にも等しい国を思って過ごすのはどんな気持ちなのだろうか。本人は、最初泣いて過ごしたと言っていたが、うそではないと思う。自分だったらどうだろう。かろうじて生きているかもしれないが、前を向いていられるだろうか。
さいわい、彼は日本と関りのあるプロジェクトに加わっているようなので、絶対に日本にもどる機会も出てくるはずだし、帰る手立ても作れると思うのだ。どんなにつらくても、その日を信じていまをがんばるしかないんだろう……と、第三者が言うのは簡単なんだけどね。
昼過ぎにアオスタへ。なんだかいまドツボのシーズンらしく、店が時間になったらすぐに閉めちゃう感じ。昼飯をもう少しで食い損なうところだったが、さいわいヴェッキオ・リストロ(!)が開いてたので、予約ないけど入れてもらえないかとお願いしたらセーフだった。
夜は逆に昼行こうと思ってたところに行くので、軽めにしたが、うええ、いままでのところで一番高い。さすが高級店。てーか、アオスタってヴェネツィアなみに物価が高いことにいま気づきました。
料理はやっぱり凄くて、美術品みたい。ねんがんのしゃしんをてにいれたぞ。
その後、そこにもうかなり長い日本人スタッフの方とお話をする。彼も日本人が懐かしいらしく、いろいろ話してくれる。00年代初頭にアオスタを大水害が襲ったのだが、ローマ帝国の城門から中には一切被害がなかったとか。要するに、帝国がきちんと考えてこのアオスタという町を築いたのがよくわかるという話とか。もちろんいろんな世間話も。
その後、夕方までなにやかやとやって過ごし……ああ、あてにしてたコインランドリーがなくなってた! 衝撃! しょうがないので風呂場で足踏み洗濯&換気扇回しっぱなしで干し物攻撃。朝までには八割方乾いてた。ふー。
夕飯はパムパムトラットリアへ。地元料理を出してもらったが、さすがにあの重さではセコンドまでは無理で、サラダでお茶を濁した。でも美味しかった。今回はラルド尽くしはなしで、リゾットだけ。前菜は焼いたパイ皮にコテキーノを入れたフォンドゥータソースがけ。なんかこれで1日分のカロリー入ってないかって代物。量はほどほどだけど。
今晩はたっぷり寝て、明日はトリノにもどり、そこからキゥーザ・ディ・ペシオに向けてクルマ。うう。
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